千鶴夕登の日々雑談

夕登と沙樹由の会話形式で雑談をしているブログです。

処女宮二次創作「何もないから生まれた心」サンプル

 気が付いたとき、何も無かったというのを私は知る。
 卒業式を間近に控えたあの時には、様々な出来事が起きた。
 しかしそれによって、私の進むべき道が大きく変わるなんて事は起こらなかった。自分でもそうしない様にしていたからだ。
 そしてそれは、喜ぶべき事だと思う。願い通り平穏に過ごせた証明であり、無事に進学も果たせたので、今というのに不満という物は抱かなかったからだ。
 だけど心には、何かぽっかり空いた物があった。卒業式の時、何故だか分からい涙を流れた原因はそれだと思う。
 耳をすませば何人もの泣く声が聞こえているし、中にははっきり声に出している人も居た。
 殆どの人がそのまま進学するし、校舎は変わるものの場所は敷地内。
 それに制服は変わらなく、寄宿舎生なら寝起きをする部屋も同じで、極端言えば進級とそれほど変わらない。
 それでも泣いてしまうのは、これまでの事を振り返っているからだと思う。苦労して歩んで来た道があるから進学へと繋がっているし、それを導いてくれた先生達との接点は殆ど無くなり、会える機会も少なくなる。
 そういった寂しさも加わった結果が、講堂に響く泣き声として溢れているのだと思う。
 でも私の涙は違っていた。その証拠に溢れ続けるなんて事はなく、ただ一本の線として頬を伝わるだけの物で、自分でもそれが涙だと直ぐには気が付かなかった。
 線となり、その冷たさから存在を知った時、私はこれまでの学院生活を思い返し、そして何もないのが涙の正体だと知ってしまう。
 それに気が付いたとき、戻れるものなら戻りたいという気持ちになる。しかし同時に、何故戻りたいと思っているのかは、分からなかった。
 何かやり残した事でもあれば別だけど、私らしく過ごした様にも思えている。
 大きな問題は回避して平穏無事に過ごす。それこそが私の望んでいた物のはずで、その通りになったのだから、何故後悔というのを抱いているのか、その理由は分からなかった。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 部屋は静かというのもあるが、深夜となり、帰省で人数は少なくなっているとはいえ、他の寄宿舎生の声も聞こえなくなると、この世界その物から音というのは無くなり、自分は声すら発せられなくなったのではという不安を払拭しようと、意味もなく声を出してしまう。
 今は春休みで帰省をしている寄宿舎生も多く、朝から静かなだけに、無音という不安は一日中続いている。だから私は、日に何回かこんな意味のない事をする様になっていたけど、それも卒業式の時に感じた寂しさが原因だと思う。
 春休みは課題など出ないので、自分から勉強をしよう等という優等生的な発想が出来ない私は、進学に備えての何かをして気を紛らわせる事もしない。
 それなら帰省をするのもいいけど、今の私はそんな気持ちにもなれなかった。
 聖マリエル女学院というこの敷地から外へ出れば、更に寂しくなる。外の学校へ通った事など無いので同年代の友人は居なく、結局一人になるだけだからだ。
 それに、そんな寂しさを紛らわせる唯一の楽しみは、ここにしかないというのも理由としてあった。

「お姉ちゃん、いい?」

 そしてその楽しみはやって来て、可愛らしい声が部屋の外から響く。
 こんな夜にそこまではっきりした声を出せば、寄宿舎中へと響き、舎監の先生にも聞こえてしまう危険性もあるが、春休みで寄宿舎生が少ない今は、見回り等ないので問題なかった。
 ただ大人が全く居ないという事はないので、騒いだら何かあるかも知れないが、これまでの所、普通にしている分には注意を受けるなど無かった。

「いいよ、今開けるね」

 だから私は、昼間と変わらない行動で部屋の扉を開ける、するそこには、寝間着姿のこのみちゃんが立っていた。

「今日も遊びに来たよ〜〜」
「うん、何か他にする事が無いというのも困るよね〜〜」

 春休みが始まった当初、このみちゃんは直ぐ帰省をしていたものの、数日で帰って来てしまった。
 その理由を聞くと、毎日が暇だからという、今の私にも同意出来る物だった。
 結局このみちゃんも私と同じく、幼い時からここに居るので、帰省をしても友達は居なく遊ぶにしてもする事は限られてしまう。
 他の休みなら宿題をしたり、親戚の家に遊びに行くや家族と旅行などもあるが、春休みはその日数の短さと、お盆や正月といった特に大きな行事もないので、予定を埋めるのも難しい。
 結局、実家に居るよりも、寄宿舎へ戻った方がまだ時間を潰せる事になる。だから、このみちゃんが早く戻って来たのは特に不自然でもなく、もう数日もすれば、更に多くの寄宿舎生達で少しは賑やかになると思う。

「私の部屋に来ても、特にする事は無いけどねぇ……」
「お姉ちゃんと一緒に居るだけでも、私は楽しいよ」
「一人だと本当にする事はないし、寂しいよね……さ、入って、このみちゃん」

 部屋に一人増えるだけでも、さっきまであった寂しという気持ちは緩和される。これから何かで遊ぶという事も無いが、雰囲気は一変する。
 特にこのみちゃんの場合、小柄な体は無邪気な子供の印象を強く与えてくれるので、黙っていても賑やかな感じにさせてくれる。

「お姉ちゃんの部屋って、良い香りがするんだよね〜〜」
「なんか香りっていわれても、喜んでいいのかどうか……迷うよ……」

 何かいい芳香剤を使っているのならともかく、私の部屋にはそういった物はない。それだけに、何か知られたくない物まで知られてしまう様で、恥ずかしくなる。
 どうせなら片付いているや綺麗とか言われれば嬉しいけど、そう言わない所が、このみちゃんらしくもあるので、複雑な心境になってしまう。