夕登:夏コミの同人誌「夏のぜいたく」が完成しましたので、サンプルを公開します。 沙樹由:A5、26頁、100円の本となります。 夕登:一般向けの小説となりますので、エロはありません。 沙樹由:誰でも手に取って頂けますね。 夕登:それにしても、暑い日が続いて辛かったよ……。 沙樹由:まだまだ続きそうですね。 夕登:立秋に入ったんだけどねぇ。
夏コミ新刊「夏のぜいたく」サンプル
夏休みに入り帰省をしたものの、ふと、何かへと惹かれる様にして、私は何時もよりも早く学院へと戻って来た。 戻ってみてまず感じたのは、あまりにも人が少ない事だった。 誰も居ないという訳ではないけど、殆どの寄宿舎生は、自由な行動が許される自宅からギリギリまで戻って来ない。 結果として今の寄宿舎には殆ど人が居なく、私の友達としては秋穂ちゃんだけとなる。 ただそこに寂しさを感じる事も無く、寧ろ、普段とは違う学院内の状況を楽しむ様になっていた。 そしてまだ夏休み中で授業のない昼間の時間を、私は図書館で過ごす様にしていた。 クーラーは効いているし、読む本にも困らない。初めの頃は宿題をするのに利用していたので、結果として私としては珍しく早く片付けられて、気分も良くなっていた。 その宿題が終われば、本を読んで時間を潰すしかない。 昼食を食べに寄宿舎へ戻る以外は、図書館で過ごす。言葉にすると面白く無さそうだが、私としては、こんな生活をした事がないだけにかなり楽しんでいた。 そうした日々を暫く続けるのだろうと、何となく思っていた。そのぐらい日常として当たり前になりつつある。 しかし今日、図書館が閉館し、秋穂ちゃんと一緒に寄宿舎へ帰るのに歩いていると、何処からか何時もとは違う物が私へと伝わって来た。 それはとても甘い香りで、覚えがあるにも関わらず、それが何なのか思い出せず。つい立ち止まり考えてしまう。 答えは目の前にあるのに、それが分からないもどかしさで、他の事まで考えられなくなってしまった。 「春菜先輩。これは焼き芋の香りですよ」 「あ、ああ、そうだよね、これ。でもどうして……今なの?」 秋穂ちゃんからの言葉で香りの正体を知る事は出来た。そして自分が何故気が付かなかったのも分かる。 焼き芋と言えば秋に食べる物であり、まだ暑い今の時期にはとても食べたいと思わず、候補として完全に外していた。 実際、その正体が分かった所で、今の暑さの中で食べてみたいという気持ちを抱くことはなく、寧ろ、何故今なのかという疑問ばかりが浮かんだ。 「これはただの焼き芋というよりも、石焼き芋ですね」 「石焼……へえ……そうなんだ……」 秋穂ちゃんの言葉で、疑問ばかりだった私の頭から、食べてみたいという興味が少しだけ抱き始めた。 勿論これまで焼き芋は食べた事はある。しかし石焼となればその回数はとても少ない。理由としては寄宿舎に住んでいるからで、わざわざ外まで買いに行こうとはしない。 冬休みに帰省をすれば食べられるが、移動販売の石焼き芋屋さんと都合よく出会える訳でもなく、多くの偶然が重ならなければ食べられない。 そんな風に考えると、とても貴重な食べ物の様に思え、ついつい香りへと引き寄せられてしまった。 「って……ここ、カフェテラスなんだけど……」 ただ香りに釣られてしまい、場所までは考えていなかったが、そこは良く知るカフェテラスだった。 しかし洋風な建物の作りから、とても石焼き芋がある様に思えなかった。 「中に人が居ますね」 「本当だ。今は休みのはずなのに」 基本カフェテラスは夏休み期間は休業となる。登校日などの一部では営業をしているものの、私達生徒側からすれば基本休みの認識でいる。 今日などは特に生徒も居なく、営業をしたところでお客さんは期待出来ないので、店内に人が居る事がありえなかった。 「春菜先輩。ウェイトレスさんが中から私達を呼んでいますよ? 手を振っています」 「でも……本当に入って良いのかなぁ……」 中からは顔を知るウェイトレスさんの姿が見える。長い髪を左右で縛り、それが特徴となってとても目立つ。 しかし生徒である彼女が、このカフェテラスに居る事も不思議で、その笑顔に何か裏がある様に思え、判断を迷わせてしまう。 だけどその笑顔と、より強くなる石焼き芋の香りを前にして抗えるほど、私には強い意志など無かった。 「二人共、いらっしゃい」 ウェイトレスさんはとても素晴らしい笑顔で迎えてくれた。が、それが逆に怖くなり、私は何かあるのかもしれないと、周囲を見渡す。 だけど店内そのものは全く変わっていなく、石焼き芋の甘い香りにばかり意識をしてしまった。