千鶴夕登の日々雑談

夕登と沙樹由の会話形式で雑談をしているブログです。

処女宮二次創作「3月19日お花見」サンプル

 冬の寒さは感じられなくなり、文字通り春を実感できるようになる。卒業を無事に果たした私は、自分の名前にも含まれる『春』の心地良さを、素直に受けていた。

「……でも、暇だ……」

 卒業前、あれほど楽しみにしていた春休みだったのに、今ではただ暇なだけの日々となっていた。
 他の長期休みと違い宿題はない上に、一ヶ月近い期間もある。ならば不規則な生活でも謳歌しようと考えても、寄宿舎に居る以上、朝はしっかり起きなくてはならず、結果として規則正しい生活をしている。
 それなら実家へ帰ればいいんだけれど、戻ったところで状況が変わらないことは、三年前に既に経験していた。
 進学の準備にしても、制服や体操着などは今のをそのまま使うし、教科書の購入もまだ先、外へ遊びに行くとしても、日頃殆ど学院外へ出ないので、行くあてもなかった。

「うぅぅ……なんか寂しいなぁ、今日も午後まで寝ているしかないの?」

 まだ下級生は休みに入っていないが、授業は午前中で終わる。だから午後になれば秋穂ちゃんやこのみちゃんと、一緒にいることが出来る。なので、この午前中をどう乗り切ればいいのかが重要になる。
 何か時間をつぶせる物がないか部屋を見渡すと、机に上に一冊の本が置かれているのに気が付く。

「ああ、本か……」

 今まであまり行かなかった図書館で借りて、読み終えた本があることに気が付く。返却日はまだ先なので急ぐ必要もないが、このまま部屋に居るよりは外へ出た方がいいと考え、私は本を持ち、出掛ける事に決めた。
 まだ授業中の静かな学院内を歩くのは、それだけでいけない事をしているようで、緊張と優越感が混ざり合う複雑なものを覚えるので、気を紛らわせるために周囲を見渡す。

「良く見ると、桜が咲き始めている……」

 確か今年は、平年よりも開花が早いなんて秋穂ちゃんが教えてくれたけど、平年がいつ頃なの分からない私にすれば、早い遅いは関係なく、今咲いていることが分かれば十分だった。
 この学院にも何本か桜は植えてある。寒桜もあるので、すでに咲いているのは見ているけど、やはりこの時期に咲いているのは、春という季節をより実感出来る特別なものになる。それがまだ数えるほどしかなくてもだ。

「桜か……ん? そうだよね、もしかしたら出来ないかな?」

 その桜が、私にある考えを浮かばせてくれた。連想ゲームなら直ぐに答えが出るほど単純な物だけど、それでも実行したくなり、本を返しに行くのを止め、寄宿舎へと慌てて戻る。向かう先は委員長さんの部屋だ。

「委員長さん、ちょっと相談があるの!」
「は、春菜さん? ノ、ノックもしないで脅かさないでよ。それと、今の私は委員長ではないわよ」

 卒業をしたので、今はクラス委員長の職には就いていないが、呼び慣れていることもあり私はついそう呼んでしまう。

「え……と、それじゃあ、寄宿舎長さん?」
「何故、疑問系なのよ」

 委員長とは違い全く呼び慣れていないだけに、この呼び方で良いのか迷った結果の疑問系だった。

「普通に名前で良いんだけど……まあ、私も慣れているから、委員長でも良いわ。それで慌てている様子だけど、まさか、なにか問題でも起きたの?」

 どうしてか分からないが警戒をしているようで、あからさまに身構えている。私ってそんなに迷惑を掛けていたのかと気になってしまう。

「問題ではなくて、え〜と。そうそう、委員長さんはまだ家に帰らないのかな?」

 悪い予感をしている委員長さんの気持ちを解きほぐそうと、本題の前に確認から始める。
 今の時期は、何時実家に帰ってもおかしくない。折角頼んだのに、実は明日から居ないとなれば、別の方法を考える必要が出てくる。

「もう数日は寄宿舎に居る予定よ。今帰ると妹が『お姉ちゃんばかり休みでずるい』って言いそうだから、向こうが春休みに入るまでは帰らないわ」
「へえ、委員長さん、妹さんがいるんだ」

 妹がいるなんて聞かされると、なんだか委員長さんがお姉さんぽく見えてきて、更に頼もしく思えて来た。

「お姉ちゃん!」
「はぃ!?」

 あまりにもお姉さんに見えたので、つい叫んでしまったが、委員長さんは相当驚いたらしく、変な声を上げて体勢を崩し、椅子から落ちそうになる。それは何とか堪えるものの眼鏡はずれてしまい、漫画のずっこけた眼鏡キャラみたいになる。

「じゃなかった、委員長さん。実は……お花見をしたいから許可を貰って欲しいの」
「はあ〜〜あなたは全く……早坂さんだけでも大変なのに、これ以上……ん? お花見?」

 委員長さんは、何かを呟きながら姿勢を正して椅子に座り直すと、私の話を聞き返して来る。
 私は委員長さんに自分の考えを伝える。桜も咲き始めて来たし、それを楽しむ事をしても良いのではないかと。もちろん騒ぎすぎると問題になるけど、あくまでも桜の木の下で食事をする程度の事を、認めて貰えないだろうかと話す。

「つまり、日頃外でお弁当を食べることの延長線上だと考えれば、いいのかな?」
「そうそう。それに私達は来年度から違う校舎へ通うし、思い出を作っても良いかなぁ〜っと」
「そうね、悪くないと思うけど、それぐらいなら、春菜さん自身が許可をもらいに行ってもいいと思うわよ?」
「そこは、先生への信頼度と言いますか、委員長さんがまとめ役をしている方が、先生も納得してくれると思うんだ」
「……それはつまり。私も参加するって事なのね」
「お願いいたします」

 深々と頭を下げて頼む。
 やはりここは、クラス委員長と寄宿舎長をしている人が入っている方が、先生もおかしな事をするとは考えず、許可が出やすいと思う。少なくとも私よりは信頼されているし。

「それで、何人ぐらいでやるの? 寄宿舎にはもうあまり人は居ないけど」
「連絡が付きそうなのは、秋穂ちゃん、このみちゃんでしょ、あとチイちゃんも確か練習でグラウンドに居るから、それに私と委員長さんで五人だけど、少し余裕も持って言った方がいいかな? まだこれから声を掛けるわけだし」
「そうね、五人から十人ぐらいにしましょうか」
「そのぐらいでいいよ。それでお願いできるかな?」
「早い方が良いでしょうから、今から行きましょう」
「え? 私も?」

 後は、それこそ良い方は悪いけど、丸投げに出来ると思っただけに、私まで一緒に行くことになるとは思わなかった。正直、成功率が極端に下がりそうな気もするし。

「当然! こういうのは、発案者がいた方が素直な想いを伝えられて良いのよ」
「んーー私だと、ただ騒ぎたいだけに思われないかなぁ?」
「それをフォローするのが、私の役目です。春菜さんには川瀬さんの時に力を貸して貰ったからね。これぐらいの事はなんとかするわよ」
「こ、心強いっ!」

 ユキさんが転校当初、まだクラスに馴染めずにいたときに、委員長さんは私に面倒を頼んだことがある。
 人には言えない事情もあり引き受けたものの、正直ユキさんとの認識のズレに困ることも多かった。そんな状況にも関わらず、傍目には仲が良く見えていたようで、委員長さんには感謝されていた。
 ただ当のユキさんは、やっと友達らしく付き合えるようになったかと思ったら、また転校してしまい寂しい思いをするが、今は良い思い出へと変化しつつあった。
 その時のお礼だとしても、後ろに委員長さんがいることは心強い。もう、何があっても成功が約束されているとさえ思える。
 こうして私は自信を持って、委員長さんと許可を貰うために職員室へと向かった。

「お花見ですか」

 だが、そんな自信を粉々にするほど、耳に入る声は重い。
 職員室へ行くと、既に生徒は卒業を果たして授業をしていなく、今となっては元担任となる、高橋先生に許可を貰おうとするが、それを受けるためにはシスター・アンジェラに話す必要がると教えてくれた。
 沢山いる先生の中で、どうしてシスター・アンジェラなのだろうと思うが、よくよく考えれば風紀責任者なので当然だと言える。
 相手が相手なだけに、不許可の未来しか見えなくなるが、ここまで来て引き下がるわけにも行かず、丁度職員室にいたシスター・アンジェラに恐る恐る話すと、返ってきたのが今の重い一言だった。

「そ、そうです。その……咲き始めた桜の下で、友達と食事をしたいと思いまして……」

 一言、『お花見』と言えば終わるけど、それだけだと、ただ騒ぎたいだけに思われそうなので、言葉を選ぶ。

「私達は卒業しましたし、もうあの校舎に通う事もないので、思い出を友人と語り合いまして、次への糧としたいと考えております」

 私の言葉に、委員長さんが付け加えてくれたことで、かなりの好印象な感じに変化したと思う。これなら、『花より団子』とは思われなく、むしろ勉強会の様相へとなる。

「普段の昼食を桜の木の下で行うものだと、理解して宜しいですか?」
「は、はい。そうです。と、特に変わらないと思います」

 シスター・アンジェラの言葉に、私は焦り、変な声を出してしまうが必死に肯定する。昼食といわれれば特に問題はないが、お花見となると、する事は殆どかわらなくても、遊び寄りになるので、もっと何かを言われるかと覚悟をしていたが、早々に認めてくれそうな流れになったのは意外だった。

「それで、何時行い、何人ほど参加するのですか?」

 そう言われて、日にちまで決めていなかったことに気が付き、私は更に焦り出す。思い付いたのはついさっきだし、まだ委員長さん以外には話をしていないだけに、みんなの都合も分からない。

「明後日の三月十九日、昼過ぎに、十人はいかないぐらいを予定しています」

 このまま何も答えられないでいると、あまりの無計画ぶりに、折角出してくれそうな許可も台無しになるかと思われたが、委員長が助けを出してくれた。

「明後日ということは平日になりますね。あなた達卒業生以外はまだ授業をしていますが、終わるお昼過ぎなら問題はないですね、それでしたら認めましょう。昼食を摂るのと変わりませんしね」
「ほ、本当ですか!」

 最悪、問答無用で不許可だと思われただけに、これほどあっさり認められて私は驚いてしまう。

「あくまでも、昼食という事でしたら問題ないとします。正し、騒ぎすぎないようする事ですよ。いいですね、友原さん」
「は、はい!」

 シスター・アンジェラの鋭い視線に、私の体は硬直し、ただ返事をするだけで精一杯になる。そして、その後のことは良く分からないまま、委員長さんと職員室を出た。

「はぁ〜〜それにしても、どうして私だけ注意されたんだろう?」

 どちらかといえば、まとめ役に見える委員長さんの方に声を掛けても良いと思うだけに不思議だった。私はそんなに要注意人物なのかと、気になってしまう。

「それは、発案者が春菜さんだって、分かったからじゃないかな?」
「え? ど、どうして?」

 自分で言うのもどうかと思うけど、私はイベントに対して積極的ではなく、周りに流される方だと思う。それだけに委員長さんの方が、発案者に見えると思う。

「学院内で、お花見をしようなんて考える人は、そういないと思うわよ。少なくとも私は考えたこともないわ」
「……それって、私が変わっているって事?」
「私には思い付かないことを思い付くなんて、凄いことだと思うな」
「それ、褒めらていないよね……」

 なんだか複雑な気持ちになりつつ、お昼が過ぎるのを待って皆に声を掛ける。まずはグラウンドで自主練習をしているるチイちゃんと、そのマネージャーを続けている薫ちゃん。更に何故か校内を歩いていた槇さん。それに寄宿舎へ戻ってきた秋穂ちゃんとこのみちゃんも誘う。
 声を掛けた人達全員が、参加を決めてくれたのは嬉しいけれど、委員長さんと二人で回っていたというのに、みんな私の発案だと分かったことに驚くと同時に、委員長さんが言った事が、本当のように思え、自分がそんなに変わっているのかと気になってしまった。