千鶴夕登の日々雑談

夕登と沙樹由の会話形式で雑談をしているブログです。

処女宮二次創作「年越し寄宿舎」サンプル

 十二月三十日夜。私は奇跡という物を目の当たりにする。それは、長年夢に描いていたけど、一握りの人しか叶えることの出来ない事で、自分には絶対起こらない事だと思っていた。
 それが叶えられる者は、限られた優秀な人間。しかもただ優秀と言うだけでは起きない。
 例えば、計画を立てて忠実に実行出来る委員長さん的な優秀だと、これは叶えることが出来ないどころか、する事を許さないだろう。

「それを私が、達成してしまうなんて……」

 両手の震えは今も止まらない。時刻を見ると午後の十一時になろうとしていて、まだ寝るには早く、握った手の感触が夢ではないことを教えてくれる。
 それでもまだ信じられない私は、机の引き出しからノートやプリントを取り出して、なにか忘れてる事がないか確かめる。
 大事なところでミスをするのは良くある話しで、私も例外ではない。
 それを気にしないから、そういうミスに繋がるが、今起きている事は自分でも信じられないだけに、自分で自分を疑い何度も確認を繰り返す。

「本当に……出来たの……?」

 プリントが二枚重なり忘れた可能性も考え、明かりに照らして透かしてみても、その様なことはない。

「春菜先輩。そろそろテーブルを片付けませんか? お茶会を始めましょう」
「でも、私のことだから、きっと何か忘れているんじゃあないかと思って……」
「ですから、私も先程確認しましたが、全てしっかり終わっていましたよ」

 私は自分だけでは信じることが出来ず、秋穂ちゃんにもお願いして確認をして貰い、更にその後、もう一度一から見直したのが、今の状態となる。
 二人、それも年下ながら私以上にしっかりしている秋穂ちゃんの力も借りたのだから、もう完璧だといえるけど、信じられない状況なだけに疑心暗鬼に陥っていた。
 学院の長期休みは、夏、冬、春の三つ。その中でも冬休みには特別な所がある。
 まず、年を跨ぐと言うこと。それにより明らかな区切りが設けられている。更に、夏と比べて期間が短く、それを達成させるには困難を伴う。勉強が出来る人ならともかく、そうではない私が達成したというのは、今、チイちゃんに電話をして話しても信じてくれないほど、ありえないことだと断言できる。悲しいことだけど。

「でも信じられないよ、今まで一度も出来なかったことが、こうもあっさり出来たなんて……」
「他にやることがなかったからですからね」
「それはそうだけど、それだけの理由なら、今までも出来ていたと思うんだよね」

 クリスマスが終われば冬休み。授業を受ける必要はなく、外へ出掛ける用事もない。そうなれば、やることは一つといえるけど、その一つを選ぶことが私には出来ない。普通なら最も避けたい事だからだ。
 それでもその一つを選んだのは、秋穂ちゃんが居たことに他ならない。もし、誘われなければ、一日中ダラダラと過ごしていた事だろう。

「あ〜〜でも、なんかもの凄くスッキリするね。身が軽くなったみたい」
「これで、残りはゆっくり出来ますね。まずは、お祝いも兼ねて、甘い物を食べましょう」
「うん。今、片付けるね」

 私はテーブルの上にあるノートやプリントを、本当に最後の確認とばかりに一つ一つ取り、勉強机の上に載せる。ここで汚してしまっては、この幸せな気分に水を差すことになる。
 片付け終わり時刻を見ると二十三時十五分。丁度、お茶会の時間となる。いつもは私が紅茶を担当するけど、今日は最後の確認をしていたので、全て秋穂ちゃんにお任せした。

「今日は、パティスリー・ニシオカの、レアチーズケーキです」
「その名前を聞いただけで、今のスッキリサッパリした気持ちに合いそうだね」
「今年も明日で終わりですから、定番商品を選びました」
「それじゃあ、明日も定番商品?」
「ふふ、それはどうでしょう?」

 微笑みながら、秋穂ちゃんは円柱型のレアチーズケーキを置く。何処から見てもムラのない綺麗な白色で、ホークを入れるのも惜しくなってしまう。

「紅茶はニルギリオレンジペコを用意しました」
「それも爽やかで良いよね」

 目の前に置かれた紅茶の香りが、本当に大きな事をやり遂げた実感をさせ、夢の様なことを現実へと変えてくれる。

「それでは、春菜先輩」
「うん、秋穂ちゃん」

 私達はティーカップを持ち、お互いの健闘を労う。そう、これが達成したご褒美となる。

「冬休みの宿題終了を記念して、乾杯!」
「春菜先輩、おめでとうございます」

 カップが触れるか触れないかの所まで近づけて乾杯をして、私は紅茶を一口飲む。

「うわああああぁぁぁぁーーーー美味しい……」

 僅かな一口が体中へと広がり、疲れを癒してくれる。これほど美味しい紅茶というのも、初めてかも知れない。だって、初めて年内に宿題を終わらせたのだから、格別な味だといえる。

「そして……ケーキも一口……ん〜〜〜〜〜〜! この甘酸っぱさが堪らないっ!」

 紅茶が疲れを癒してくれるのなら、ケーキは新たなる力を与えてくれる。この二つがあれば、私は更なる成長をする事が出来ると同時に、幸せに包んでいられる。

「私が毎年終わらせているのも、特に不思議では無いのが分かりましたか?」
「ん〜〜〜〜でもそれは、秋穂ちゃんが一緒に居たからだよ。一人ではとてもとても出来なかったよ」

 クリスマスが終わり、やることがなかった私は、秋穂ちゃんに誘われて二人で冬休みの宿題を始めた。
 自慢出来ないけど、何時も本当にギリギリになって終わらせる私からすれば、一日前に終わらせるだけでもありえないのに、それを大幅に更新することになった。
 その最大の理由は秋穂ちゃんが居たからに他ならない。一人なら少し詰まれば直ぐに諦めるし、ほんの僅かな誘惑にも負ける自信がある。自慢にもならないけど。
 でも、秋穂ちゃんが一緒だと、仮にも上級生の私がそんな姿を見せるわけにも行かず、気持ちを集中させることが出来た。

(うううぅぅぅ……でも、なんか秋穂ちゃんに教えて貰ったような気も……)

 もちろん直接教えて貰うなんて事は無い。幾ら秋穂ちゃんでも上級生の問題を解けるとは思えない。でも、なんか詰まっているとヒントのような物を貰った気がしてならない。
 その証拠に、いつもなら何処かで投げ出してしまうような高い壁があるのに、今回はそう感じることはなく、例え壁があっても高いと言うことはなく、なんか少しずつ上っていくような感覚で乗り切ることが出来た。
 ちなみに秋穂ちゃんの方は、何処かで詰まるなんて事はなく。淡々と問題を解くその姿は、見とれてしまうほど格好良かった。

(こう、背筋を伸ばして格好良いんだよね。出来る女! って感じで)

 早速真似をしたけど、直ぐに背中が痛くなり、一分も保たなかったのは私だけの秘密になっている。

「私は知らないんだけど。他の学校より学院の宿題は多いらしいから、出来ないというか、無理だと思っていたよ」

 私にとって学校といえば、聖マリエル女学院だけで他については一切知らない。だけど、外から通っている人達の話からすると多いらしく、終業式の後など、不満を漏らしている人達も多い。
 感覚的に言うのなら確かに多いと思う。実は休ませる気が無いと、何時も思うぐらいあり、だからこそギリギリまで掛かっても仕方がないと考えていた。
 しかし、実際はそんなこともなく、ちゃんと集中してやれば、こうして早く終わらせることも出来るので、本当はもの凄く考えられている量にも思える。

「それはどうでしょうね。私も良く分からないですから、こんな物だと思っていました」
「へぇ〜秋穂ちゃんでも分からないんだ」

 実は全国の学校について調べ上げて、平均を取るぐらい知っているなんて思ったけど。いくらなんでもそん
なことはなかった。

「普通に分からない事はありますよ、春菜先輩の宿題の答えも分からないですし」
「そ、そうかな……」

 一緒に勉強をしていた状況からすると、答えは分かっていそうだったけど、下級生ということで知らなくて当然となる。でも、なんかいい感じにはぐらかされてしまった気がした。

「……この様な形で、春菜先輩と夜のお茶会が開けるとは思いませんでした」
「私もそう思うよ」

 夜のお茶会は秋穂ちゃんと行う秘密の憩い。でも、消灯時間の二十二時三十分以降、見回りが過ぎてから行われるので、もし見つかれば大変な事になる。
 だからいつもは、喋る声を抑えてこっそり行わなければならない。ちょっと悪いことをしているというのは、それはそれで楽しい物だけど。こうして何も気にせずに出来るのも、やっぱり楽しい。
 そう、今は見回りの事など気にする必要は一切なく、喋る声を抑える必要もない。何かあった場合、直ぐ電気を消す様に気を配る心配もいらない。
 厳しい学院内の寄宿舎にあって、ありえない状況に今はなっていた。

「二人っきりなんだよね、秋穂ちゃんと」
「そうですね。舎監の先生も夕方に帰り、食堂のお姉さんも夕食後に帰りましたね」

 舎監の先生の仕事は今日で終了。食堂のお姉さんは明日も来るけど今は居ない。そして、一番人数を占める寄宿舎生も、私達を除いて誰も居ない。
 年末を迎えた寄宿舎にいるのは、本当に私と秋穂ちゃんの二人だけだった。