千鶴夕登の日々雑談

夕登と沙樹由の会話形式で雑談をしているブログです。

夏コミ新刊「真夏の温泉」サンプル

夏コミ新刊のサンプル公開しました

 夕登:夏コミ新刊のサンプルを公開しました。
沙樹由:今回はこのブログでの公開です。
 夕登:ちなみに本は明日完成よていです。
沙樹由:後は製本作業ですね。

 夕登:今回は「温泉に入ろう!」って話で、一般向けです。
沙樹由:そして時期は今よりちょっと前ですが、猛暑としては変わらないですね。
 夕登:暑いよなぁ、今夏のコミケは大変そうだなぁ。
夏コミ新刊「真夏の温泉」サンプル



 テレビなのか本なのか、人から聞いたのか分からないけれど、梅雨明け直後が一番暑いらしい。そして、その事を現在進行形系で思い知らされている。

「あ……」

 今日だけで何度目になるか分からない『暑い』という言葉を、あえて途中で言わないことが、私に出来るこの猛暑へのささやかな抵抗だが、こんな事をしても涼しくなどなる訳もなく、抵抗になんてならない。
 今は授業が終わり放課後の帰り道、西日が強くて木陰を歩いても汗は滝のように流れてしまう。
 汗を拭うハンカチは、もはや限界まで吸収し、絞れば大量の汗は溢れるれる事は確実な状況で、スカートのポケットを湿らせたくなく、汗を拭っても仕舞わずに手で持ち歩いている。

「こんな日でも、チイちゃんは練習をしているんだよね」

 普段通りの練習とは行かないらしいけど、それでもこの炎天下の中を短い距離とはいえ走るなんて、私には信じられない事だ。
 それほどまでの灼熱の中を私は歩き続ける。目指す先は寄宿舎の私の部屋。そこには楽園がある。そう、これが今の私を支えてくれる最大の楽しみなのだ。
 しかし着いた部屋は、窓を閉め切っているために楽園とはほど遠い灼熱地獄。戸締まりはしっかりしないといけないという規則がこの時期はきつい、防犯とはいえ舎監の先生が居るんだから、これぐらい融通を利かせても欲しいと思う。

「まどまど」

 言葉にしないと行動を見失いそうになるので、そう言いながら部屋の扉を開ける為に、鞄ははしたなく放り出して窓を開ける。開けたところで涼しい風は入らないが、それで灼熱地獄が普通の部屋になるのだから差は大きい。
 部屋の空気を入れ換えると入り口を閉め、私は早速シャワールームへと向かう。
 このときほど、部屋にシャワーが完備されている幸せを実感出来るときはない。それは家にあるのとは天と地ほどにも違う。
 家にある場合、自分の部屋からお風呂場へ行かなければならないが、部屋にあるのだからその手間がない。暑すぎたり寒すぎるときほど、部屋から出ずにシャワーが使える便利さは、是非寄宿舎生でない人たちもに伝えたくなるほどだ。

「は、早く暑さから解放されたい……」

 ジャンパースカートを脱いで、皺にならないようにベッドへ広げる。焦りから震える手でブラウスのボタンを外して脱ぎ、下着と一緒に籠へと放り投げる。汗を吸い込み適度な重さを得ているので、私でも綺麗な放物線を描いて入れることが出来た。
 全裸になって多少涼しくなったが、この姿のまま何時までもいても変な人なので、シャワールームへと入り、お湯のバルブを捻る。

「つめたっ!」

 始めは水なので冷たすぎたが、少しずつ温まりだしてお湯へと変化し、そこで水のバルブも緩めて、温度をかなり温めに調整して頭から被る。

「ふあああぁぁぁーー生き返るーー」

 温いお湯が熱くなった体を冷ましてくれると同時に、失った水分を体に染みこんで来るような感覚にもなる。それこそ萎れた花に水をやり、元気になる様子を早回しで流す映像が、私の中で再現されているようだ。

「頭も体も洗ってさっぱりしよう」

 汗でベタベタな体を、シャンプーとボディソープで洗い流す。汗臭く不快な思いは綺麗に流され、花が元気に咲くように私も元気を取り戻した。

「はぁー落ち着いた……」

 徐々に温度を下げていたお湯は、最終的に殆ど水になっていたが体も慣れてきて冷たくない。それを最後に頭から浴びてから体を拭き、下着姿でシャワールームを出る。
 水で冷え切った体には、窓を開けているとはいえ部屋の中は暑い。換気は十分に行われたので、窓を閉めクーラーの電源を入れ冷気が直接当たる位置で立つ。

「はぁ〜〜クーラーが気持ちいい〜〜」

 クーラーは少しずつ部屋を適温へ下げ、下着姿という人に見せられない私を幸せにさせてくれる。

「このまま寝たいけど夕食があるし、髪を乾かさないで風邪をひいたら大変だし、しっかりやっておかないと」

 この猛暑の中風邪をひいたら悲惨な姿しか想像できず、それを避けるために髪は早急に乾かした。下着姿でベッドに座りながらしたが、このいかにもはだらしない姿でするというのが、何となく自由を感じて気分も良くなる。
 じめじめした梅雨が明けた直後に訪れた猛暑。それは丘の上にあり、周りが木で覆われ、比較的涼しいと言われているこの学院にも、容赦なく襲っていた。
 それもあって、こんな人には見せられないことを、私はこの数日続けていた。



 その日の夕食を終え、談話室で秋穂ちゃんとこのみちゃんを交えて話していると、私の元へ委員長さんがやって来た。

「友原さん、少し良いかしら?」
「ええ、良いですけど……」

 委員長さんに話し掛けられたと言うだけで、私は何かミスをしたのではないかと、頭の中で今日一日を思い返すが、該当するようなことは思い当たらない。しかし話し方からして世間話ではないようなので、少し緊張してしまう。
 まさか、窓から下着姿の私が見えていたのだろうかと不安が募る。位置的に絶対見られない事は、外からも確認しているけど、まだ知らない場所があるかもしれない。

「友原さんは大浴場を利用するかしら?」
「え?」

 全く予想出来ない質問に、私はしっかり聞こえていたのにも関わらず、聞き返してしまった。

「ここの大浴場よ。友原さんは利用している?」
「え……と、殆ど使用したこと無いですけど……」

 大浴場で何か事件が起こり、その為の聞き込みでもしているのではないかと思い、つい言葉が不自然になってしまうが、最後に利用したのが何時なのか思い出せないほど前で、それ以降利用したことはない。
 これは私に限らず他の人も同様で、積極的に大浴場を利用している人がいるという人を私は知らない。それだけ少ないことは委員長さんも知っていることなのに、訊いてくるのだから、利用している人を捜しているように思えた。

「ああ、やっぱり……私もなんだけどね……」
「それって、どういうことです? 話が分からないんですけど」

 利用している人を捜しているかと思ったら、どうもそうではないので、私はつい一歩踏み込んで訊いてしまった。

「実は……ああ、益田さんと二ノ宮さんも訊いてもらえるかな? 多い方が良い案が出るかも知れないから」

 近くにいたこのみちゃんと秋穂ちゃんも加えて、委員長は理由を教えてくれた。
 始まりは、今日の夕食前に委員長さんが、舎監の先生に呼び止められたことだった。
 彼女はクラス委員長と言う大役を任されているのに、ここでも寄宿舎長もしている。私からしたら、大役を二つも任されるなんて信じられないことだが、それだけに先生からの信頼も厚いことになり、だからこそ話が来たことになる。
 その内容とは、寄宿舎生が大浴場をあまりにも利用していないというものだった。特に夏は酷く、一人も利用しない日が多くあるほどだ。
 そこで折角の施設を使用しないのは勿体ないので、もっと積極的に利用させる方法はないか考えて欲しいと、頼まれたということだ。

「確かに天然温泉の大浴場を利用しないのは、勿体ないですよね」

 話を訊いた秋穂ちゃんがそう呟いたように、私も同意見だし、おそらくここにいる四人全員が同じ考えだ。
 実際に大浴場は立派な施設だ。何度目かの改装の際に偶然見つかった事により作られたもので、寄宿舎の中でも新しい部分となる。気合いを入れたのか浴槽は広く作られ、それこそホテルにも負けない程の物になっている。
 でも、利用状況はといえば余り良くなく、積極的に利用いている人は殆ど居ないと思う。もし居るのなら委員長さんはその人の所へ、この話をしに行っていると思う。

「今は暑いから余計に入りたくなくなるんだよね、温泉が熱いし……そうだ! 温泉を温くするのはどうかな?」

 暑い日に熱い温泉になんて入る気にもならない。シャワーで水を浴びる方が圧倒的に気持ちがいいし、それが自分の部屋で出来るのだから、わざわざ大浴場にまで行く必要がない。でも温ければプール気分で入る人が居るかも知れない。

「私も真っ先にそれを考えて、舎監の先生に告げたんだけど、源泉掛け流しだから温度は下げられないみたいなのよ。温泉を薄める事にもなるし」

 私が考えた案は、既に委員長さんも考え付いていて出来ないとの事だった。確かに売りである温泉を薄めたら、魅力が落ちてしまうように感じられる。

「それじゃあ、まずはみんなで入ろうよ!」

 このみちゃんの無邪気に一言に、私と委員長さんは顔を見合わせたものの、直ぐに目を逸らす。
 理由は単純明快恥ずかしいからで、これこそが大浴場が利用されない最大の理由になる。それだけに私と委員長さんは、お互いに想像をしてしまい目を逸らしたが、その先に居た秋穂ちゃんは何故かニコニコと微笑んでいた。

「みんなで入るというのも、良い考えですね」
(もしかして、秋穂ちゃんは自信があるのかな?)

 無邪気で羞恥心とは無関係のようなこのみちゃんならともかく、秋穂ちゃんまでが言って来るというのは予想外であり、もしかして自信があるのかと、その体をつい凝視する。
 制服を着ているので体のラインはよく分からないが、身長は私よりも高い。それだけ私よりも成長が早いので、見えない部分も成長しているのかも知れない。

(なんか確認したいような気持ちが……)

 現実を突きつけられる怖さはあるが、一度気になると想像は止まらなくなる。それこそ服の上から確認する方法がないか考えてしまうほどにだ。

「ま、まず。友原さんが一人で入ってみるのはどうかしら?」

 一緒に入ろうか傾きつつある心を戻したのは、委員長さんの言葉だった。今の流れでは私も賛同してしまい、自分も入ることになる。まさか話を持ち出した本人が断る訳にはいかないので、それを避けるためではないかと思う。
 そんな委員長さんの思いに気付いたのは、やはりお風呂とはいえ、裸を見られることに私も抵抗を感じるからだ。
 しかし、意識しているのか分からないけれど、笑顔一つで私の気持ちを傾けさせるのだから、秋穂ちゃんは侮れない。

「そ、そうだよね。恥ずかしくて入らない人が多いんだから、まずは一人から始めた方が方がいいよね」

 ここで委員長さんが入るように促す手もあるが、それで話が長引くのは止めた方がいいと考え、私が入ることを選んだ。
 それは、多少なりとも大浴場に興味を抱いて来たというのもある。それなりの年数を寄宿舎で過ごしているというのに、余りにも利用したことがない場所。言ってみれば鍵の掛かっていない開かずの間のような所だと言える。
 改めて利用してみれば、新たなる発見があるのかも知れないと考えた。

「よし、私が一人で入ってくるね。このみちゃん、みんなで入るのはまた今度で良いかな?」
「うん、いいよ。一緒に入ろうね」

 入りたがっているこのみちゃんとは、また今度入ることを約束し、善は急げではないけど、折角抱いた興味が薄れない内に、私は温泉には入る準備をするため、部屋へと戻ることにした。


続く